ゴシップ誌のこと

全然ゲームのことを書いていないやつ。テキトーにゴシップ誌のことについての愚痴。長い。

 

中学生くらいの頃からずっと「ワイドショーとか週刊誌とかマジでくだらないからなくなってほしいな」と思っていて、今でもそう思ってはいるんだけども、半ば諦めている。理由は普遍性がヤバそうだから。

 

普遍性には大きく分けて二つある。時代性と地域性。ゴシップ誌における時代普遍性を考えたとき、アメリカとかヨーロッパとかの時代性はよく分かんないけど、日本では少なくとも江戸時代には既に存在していたらしい。地域普遍性はというと、イギリスにもゴシップ誌がありフランスにも意外とある。アメリカにはもちろん余裕で存在している。中東も気になったから調べてみたけど、よく分からなかった。中南米では、ブラジルはあるらしい。メキシコはよく分からなかった。

 

もちろん各時代・各地域でどの程度発行されているか、どれくらい広く読まれているのか差はあるだろう。しかし恐らくだいたいどこにでも存在していて、世界的な雑誌不況が見込まれるなか未だ存在するというのはある程度の需要があるということだ。

 

普遍性があるということは、人間の根深いところにソレを維持するだけの何かがあるんだろう。だからもう、日本に週刊誌やワイドショーが存在することを半ば諦めている。

しかし、他の時代・他の地域のことは体感的には分からないけども、日本のゴシップに対する熱量は高過ぎるんじゃないかと思う。「文春砲」とかいう言葉が流行したとき、なにやら凄そうなもののように語っている人がいたけども、何が凄いのかさっぱり理解できなかった。低俗な噂話を全国規模で広めてるだけだろ。昨今の過剰な倫理観と相まって非常にタチが悪い。別にバンドマンが浮気してるからってそれがなんなんだよ、と思う。他人のことだからどうでもいいしそんなのは人の自由だろ。だいたいがバンドマンなんてちょっとやばいやつが結構いるんだよ。当たり前だろ。いい加減にしろ。

 

本格的に愚痴の様相を帯びてきたから終わり。

vaingloryはバティストがグローリーでアンロックできるようになるがちょっと楽しみかな。